器を洗う音に負けないテレビの声はサンジを少し急かした。 わざとらしい笑い声につられて聞こえるその声が原因だ、片付けなど明日にしてしまおうかとも思った。 ゾロが、待っている。 たとえそれがサンジの勝手な思い込みだとしても食器を洗う手は少しも休まず動いた。 甘い空気はここからゾロに伝わるだろうか。 1ヶ月という時間は眩暈がするほど長いもので、そのせいか結局サンジは臆病になってしまって何もできないで居た。 もう新しい生活に馴染んでしまったのだとか、嗚呼きっと知らない間に女が出来たのだとか、もうこれっきりなのだろうか、そういう事をずっと考えていた。 慣れないメールで「久しぶり 暇か」と打ってきたゾロに慌ててかけた電話でそう言うと、乾いた笑いをされてしまった。 おれも、そう思ってた、と。笑いながら答えたその言葉に少しだけ泣きそうになった。 このまま失ってしまうと思っていたのだ、それほど1ヶ月は長かった。 それでもすぐにでも会いたいとは言えずに、2週間後の約束となった。 「やめっ・・!つめたっ」 後ろから両手をその頬に当てれば瞬間に縮こまってしまったので思わず笑ってしまった。 「終わったのか」 「終わった」 ふぅんと言うその声すら嬉しくてたまらない。 広いソファに二人、サンジは寛いでいたゾロのすぐ横に座った。 見れば大きなクッションを抱えてもうその目はテレビに釘付けだ。 面白くないなぁこんなに久しぶりなのに、と少し思ったけど今はそんな事などすぐに忘れてしまう程の幸せが目の前にあるのだ。 だからサンジはゾロのクッションを奪ってやった。 「やめろよお前ー」 「ははっ暇だったんじゃなかったの」 そう言って奪ったものをもう一度返してやる。顔面に、だ。 「・・・ってめー!」 その声と同時に再び帰ってきたクッションに顔を埋める。(というよりも埋められたの方が正しい) 罵声ですら甘く聞こえてしまって、嗚呼重症だなと思いゾロに笑いかけようとしたら、次は上から埋められた。 そこら中のクッションをかき集めてサンジの姿を見えなくするまで埋めてしまった。 「っざまーみろ」 クッションまみれになったサンジがそこから顔を出した次の瞬間の、ゾロのわぁという叫び声が余りに幸せすぎて、サンジはまたクッションを投げ返した。 それは、ゾロが眠いと言ってサンジの膝の上で眠りかけるまで続いた。 もう大人しくなってしまったその頭を軽く撫でながら、次の約束をしよう、と言おうとするサンジをゾロの一言が阻んだ。 「・・・メールして良かったのか本当に」 その言葉に吃驚して、それからゾロの心の内が読めて泣きそうになってしまった。 「いいよ、また来てよ」 例えば自分に彼女が出来たとしても何も変わらないし変えたくないし新しい生活に馴染んでしまったとしてもずっとゾロのこと覚えてるから 「だから。」 何が一番だとか、何を大切に生きるだとか、決めかねずに生きているのが丸見えだ。 それでもゾロとは居たいのだ、もしゾロに彼女が出来たとしても、毎日会ってやる。 そんな事を思う自分に、もう随分前から呆れてはいるのだ。 でも。 もう、少し前の甘苦しさは全て消え去ってしまって、沈黙はサンジの涙を誘う。 不安にさせるものは多分この関係が壊れやすい名のもとに存在するから ふとゾロを見ればこちらを見上げて居て、その眠たいのか困っているのか分からない顔はすぐに逸れてしまったのだけれど。 沈黙はゾロが破った。 「お前が・・・無くなるのは嫌だ」 つぶやいた。 精一杯の言葉だと思った。 その瞬間サンジは声すら出ずただ涙を流し、ゾロを濡らした。 これを独占欲以外に何と言おうか、ひとつも思い浮かばなかった。 <END> |