黙って言って
[The car does not progress well]





既に拒む手に入る力は無くて、いよいよ逃げる手立てがなくなった。
俯いてしまった自分が情けない、と思う。
その顔を覗こうと、サンジは額から後頭部へ、何度も撫でた。
チクチクと刺さるだろう、その髪を優しく撫でる度に近付く吐息は、また優しい。
情けない男が精一杯優しく振舞うのは、心臓に悪い。
胸が、苦しい。

「ゾ・・・・」
サンジの震える唇が名前を耳元で囁きかけて、止まった息が、少し後に静かに吐かれた。
手を胸に押しやったのが悪かったと思う。
サンジの心拍数が確実に手から腕へ、更には自分の胸までも来てそのまま肺を揺さぶる。
もう、耐えられないと思った。
それはいつも思うことであって、例えばこれを逃げても相手の望むままにしても、後は一人耐えられない空気に足を抱えて悩むだけだ。
それなら、いっそ、と名前を呼ぼうとするが、こちらも唇が震えて息すら出ない。
何度か頬や耳や額でサンジの温かい息を感じた。
少しだけ強く撫でられた瞬間に、ふいに顔を上げてしまった。
それを、目の前で感じてしまった。

余に情けない顔で、笑ってやりたいのに胸を痛めてしまった。
二人の距離はもう、そうない。
右側の額を手のひらで更に押されて、少し顎を突き出した。
顔に何もかも出ているような気がして、泣きそうになる。
押し倒して逃げたくなる。

だって、甘い、甘すぎるのだ。
男二人で出すようなものではないように、甘すぎる。
獣のような二人なら、と開いてみれば、こんなにも二人は臆病なのだ。
もう、今まで会った女は一気に忘れてしまった。
眼の中に大きく映るものは、悲しくも定まってしまった。
全て、全てが適当に上手くいくと思ったものに全てつまづき、全てにドキドキする心臓を感じた。
風のように流れる筈だったのに、引っかかってしまったのだ。
・・・この男の全てに。


「・・・ゾロ」
それを合図のように唇を噛むように合わせたのは、甘い時間を堪能できるサンジでは無かった。
しかし重なったのは数秒で、先が恐くてまた顔をうつむけた。
顔が熱い。重い。

本当は、こんなのは嫌だった。
今まではもっと楽に出来た筈なのにと、上手くいかない此れを思った。
・・・本当は。





<END>






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