映像に心囚われた男は、何も考えずに一人前にDVDプレーヤーを持っており、それで今日も新着DVDのおかげでサンジの家に行く事になった。 カーテンが無くては困る程の今日の天気があまりに眠気を誘ってくるから、一度は嫌だ行かないと言ったのだ。けれど。 相手が、オレが公開前から見たいとほざいていた映画のタイトルを言って更には目の前に出したものだから(どうして持っているのかとかそういう事を言えば良かったと後で思うのだけれど)、つい、「うーん」と悩んだ仕草を見せてしまった。 そしたら男は少しオレの顔を覗き込んでこうだ。 「もし眠たくなったら、遠慮無くオレのベッドで寝ればいいじゃん。」 ・・・オレが断われない事を知っていて。ああ畜生。 ベッドの好きな男に心囚われた男は、何を考えてか己の家に一人前に立派なダブルベッドを持っており、それが今日の予定を埋める要因となったもんだから、あまりに気に食わなくて。 ちょっとした勝負に勝っただけで余裕の笑みを浮かべる顔に向かって、だぁ〜!と一唸りしてから少し上目使いで「ずるい男は嫌いだ」言ってみたのだけれど、顔色一つ変えずに「それでも好きだよゾロ」と角砂糖よりも甘い言葉を吐いたもんだから思わず顔を赤らめてしまった。 ああずるいずるいずるい。天然の悪男め。公共の場でアホホモとして孤独に死ね。 サンジの家まででの下りの坂道が、「空を仰げ」と云うように真正面に空を見せる。 アア、コノソラヲヒトリジメニシタイ 「・・・・あー、お前が好きなんってこんなのなの?」 すぐ横で見ているサンジがそう言った。 見てる途中ずっとオレの右肩にあった手が、力を無くしているのは多分30分くらい前からだったと思う。 光る画面はエンドロールを見せて、その光はサンジの涙をキラキラと輝かせた。キラキラと。 「静かに泣くなよ。怖ぇって。」 大体気になるのは邦画で、これもまたこんな小さな街で放映されないような映画だった。 そういえば見たかった理由の、この映画の青空を見ると眠気が襲ってきた。 なんだ今の(サンジの部屋というのが気に食わないけれども)瞬間の方がよほど気持ちが良いじゃないかと思うから。 「お前、また良い映画教えろよ。買ってやるから」 「あぁ?テメエなんかずるい。」 「いいじゃねぇの。お前これは共同作業だぞ。一緒に暮らす中で一番大切な事だっての。」 そう言うとだらしなかった右手が腰に下りてきて、オレの左の肩に顔をうずめた。 特に相手にしたくなかった訳ではないのだけれど、後ろにあるベッドとサンジのドチラだと云うとやはり、と思ってその頭を左腕で軽く退けてそのままベッドに飛び乗った。 南の窓が一番大きいなんて犯罪級だろとか思いながら、ふかふかのベッドの上から、少しだけ機嫌を悪くした半べそ野郎に向かって「来いよ」とだけ言った。 少しだけ笑ってやればいい。そうすれば今までの全部ひっくるめてオレの勝ちになるんだから面白い。 アア、ハルノカゼガフキソウナノニマダフカナイ。モドカシイ。 「このベッドさ、」 オレの腰を抱く男は、オレの背中に顔を埋めて意味無い程に優しい返事をする。 何が良いのか、一つも軟らかくない体を好いてくれる男が可哀相で可愛くて、少し手をのばして見えない金色の髪をポンポンと軽く叩く。 こんな事で優越感を感じるなんて、もうどこまでも慣らされてしまったと思う。 「持ってくの?桃源郷に。」 あと一年もすれば、きっと行けると思う。サンジはそう言う。何もかも捨てれば良いよ。夜逃げみたいに。とサンジは笑う。 けれど、このベッドは捨てて欲しくない。あと、半年以上頑張って買ったDVDプレーヤーも。 きっと、サンジだって持っていくつもりだろう。 それなのに、サンジはオレの背中に顔をつけたまま笑って「持っていくわけないよ。」と言った。背中が生ぬるくなる。 「全部捨てるんだって言ったろ。ベッドならまた買ってやるよ。安心しろ。」 あ、と思っている間に、少し口の中に嫌な味が広がった。まただ。 どうして、サンジが全てを捨てる事を強く望むのか、分からない。分からなくても良いのかもしれないけれど、オレはただ、サンジと居れるだけで良いのに。 この男は、他に何を望むのか。オレ以外の何かを。 オマエが持っていきたいのなら持っていけば良いと何故云えない。 アア、ヒトリジメニ ふいに腰を離したサンジが、人の体を這って顎のすぐそこに顔を置いた。 眉間に手の付け根を置いてゆっくり頭に持っていく。それから唇を少しだけ強く親指でなぞる。紅をつけるわけでもないのにその指の動きは丁寧で。 こうやって、こうやっていつもいつも全部流すんだコイツは。天然の悪男だからですか。 「キスして良い?」 あ、と思っている間に口の中のモノを飲み込んでしまった。喉でひっかかるモノは、嫌な味もしなくなってただただ息をつまらせた。 苦しくて少し開いた唇を、肯定の意と取るのがサンジの得意技である事を忘れていた。 食いつかれた。 何度もやっても慣れないのなと言われるけれど、普通に苦しいようなキスをするのが悪い。 甘い。 少しだけ目を開いた。 オレの左目は、金色のサラ毛の向こうから眩しい光を見せた。 全てを独り占めにしたい。そう思った。できればこの隙間から見えるモノすら持って行きたいのに。 また少し嫌な味がした。 でもその後にサンジが首にキスをしたトコロから後は、サンジの味しかしなくなった。 <END> こう、最後の1行で全て持っていこうとする悪い癖がある。桃源郷へ行く1年前のお話。 <<<<<<<back |