少し荒い息をしながら仰いだ空は、赤だ。 気配は重く、風が吹けばいいのにと何度も、おおつぶの雨さえ降ればいいのにと思った。 それでもその足は濡れるものか、といつもよりも少し早く動いた。 そのトビラを小さく叩いた少し後に中から覗いた顔は驚きを隠せないようだった。 「・・・ゾロ」 「タオル、かせ」 「・・えっああ、うん・・」 そう言って男は走ってバスルームに急いだ。 玄関に少し踏み込み、短く立った緑から滴るしずくも気にせず、下をみた。 これはゾロにとって少しの賭けだった。 息を止めて・・1,2,3・・・数えてから息をふぅと吐いた。 ここにある靴の数はいやな事に覚えてしまった。 そして此処に来るたび数えてしまう。 目をつぶり、自分を罵り、罪悪感と共に濡れた足をその床につけた。 ぐしょぐしょのジーパンの裾はひきずった。 「あ、入ってきたのかよ、これ、小さいのしかないけど」 差し出されたタオルを取らず、それからサンジを見た。 瞳は重なり、いたたまれなくなる。 言葉を、と思いゾロが口に出したのは、おんなは、だった。 普通の台詞だったつもりだ。 でもその声に吃驚したのはゾロだ。 声が枯れて、今さっきだって声をだしたのに、それに内容も悪い、女々しい発言にこの声はない。 だからそのサンジのやさしい笑顔がゾロには痛かった。 「ああ、今日は、バイトだって、」 深まった笑みに、そう、とも言えずゾロは硬直した。 少し唇を噛んでしまったなら、気が落ち着いたかもしれない。 それでもそんな事をしてしまえば内の心はサンジに目に見えた。 タオルすらその手から奪えない、なんて空気を作ってしまったのだと後悔した。 空は赤から紫へと変わっただろうか。 窓の見えないここからでも、その空気はまさにそれだ。 「ほら、タオル」 薄いピンクのタオルは、緑の頭とそれから強い瞳も隠してしまった。 サンジがわざと隠したのだと、ゾロは思った。 妙な脈の打ち方をし始めた体は、きっと1つではないのだ。 見えない空は、サンジに3日前の事を思い出させたのだ。 「・・・サンジ」 カラカラした声は、嫌な空気を伝いサンジを振るわせる。 歩いた道を思い出す。 口実になればと思った。 自分の、薄暗い家とは同じ距離だった。 それでも足は真逆へ動いた。 そして口実は天から降ってきた。 それでも走りはせず、少し早足で、きっと、でも言えるだろうか、そんな事をぐるぐるぐるぐる考えて、道を間違えないようここまで来た。 言わなければ、ならないのだ。 でも、これ以上の言葉が出ない。 顔にも似合わない、涙が出そうだと熱くなる頭で思った。 雲は一層大きくなり、重くなった。 嗚呼、逃げてしまいたい! こんなことならば! 背を向けようと、思った。 それから風呂を借りればよいだろうか、服を頼めばよいだろうか、どちらにしろ、きっとこの男はかなえてくれる。 でも、何も出来ないまま、また目を見てしまった。 「ゾロ、お前、泣きそう・・・」 それから、抱かれた。 涙は湿気となり、鼻の奥と胸だけが痛んだ。 「…もうわかんねぇよお前、しらねぇもう」 ところどころ汚く声が上がる。 本当に情けないのくらい知っている。 でも、本当は女とはもう昨日別れた、という言葉に、今度こそは涙を流した。 それからあまりに酷い顔を覗いたその瞳は、優しく微笑んで包んだ。 「ゾロ、ごめん大好きだよ」 そう言った唇は、ゾロがもうずっと想像してたよりも、甘かった。 <END> |