花を食う籠





携帯を持っていれば、と、ゾロはそう思う自分を止めれなかった。
どちらを先に手に入れるべきだったのか、など、普通の人間ではまずそういう2択にはならない。
それは知っている。
しかし今はそういう問題ではないのだ。
多分サンジの家の鍵を、先に手に入れたところでゾロはなんら問題なく、むしろ人間の生活らしくなるのだからそれは得だったのだ、とそれだけを思うようにしてきた。
つまり、これは事故だ―――――――

そう思う頭はひえびえと、しかし酷く混乱し、ゾロに選択を求めた。
扉を開ければ、知らない女が立っていた。
あの金と同じ色の長い髪を濡らし、華奢な体にタオルを巻き、睫毛のかかる大きな目でこちらを向いた。
普通に接すればよいところだ。
タイミングが悪い自分を少しばかり罵り、それから軽く笑顔を見せ、それに手を振れば、何を恐れるかそれは過去の笑い話にしかならない。
それなのにゾロは女よりも大きな目を見せ、ドアノブを思い切り壁にぶつけるようにした。
大きな音はマンション全体に響き渡り、少し小さな音でこちらに返ってきたが、ゾロにはどれも耳には入らなかった。
少し口が開いていたかもしれな・・・いや開いていた。
そのまま全速力で走り、喉の奥は酷く痛んだ。あれだけ体力のあるゾロに、滅多にないことである。
気付けば知らない道に居た。
思い出せば言い訳ばかり、自分でも何をしたのかよくわからなかった。

何故逃げた

携帯を持っていなかったから、とゾロは再び自分自身に無理な思考回路を見せた。
ただ飯を作ってもらおうと、それだけの事だったのだと言い訳をした。
でもそんな事しなくても良い事だ。
サンジの女がサンジの部屋に居た、ただそれだけの事である。
何をそんなに混乱し怯えて言い訳をして。
しかし問題は熱くなる頭からどんどんどんどん増えてゆく。
あの場であんな姿を女の前で見せたのは自分だという事がサンジに知れたら!
優男の顔に長い髪を垂らしながら、目を瞑り、己の失態を笑っていたなら!
もう自分からなんて会えない。
きっとあの男は俺を無意味に攻めるに違いない。
そのとき俺はどうする?
何もないのに理由なんてあるはずも無いのに!
言わなくちゃいけなくなったら・・・俺は。


誰も居ない道を、ゾロは首を垂れて睨んだ。
アスファルトはじりじりとゾロの全身を焦がしてゆく。
逃げる必要はない、追ってくるものは何もないのだから。
しかし、逃げられない事実が、ここにある。
・・・本当は知っている。
自分は好きなのだ、きっと。
サンジを。
少し冷めた頭で思えば、あれは前の女と違った。
つい2週間前の話だ。
自分はサンジのことを何でも知っているようで、しかし女の事は何も言わなかった。
女々しいのは知っている。
それでも悔しさは、少しなのに隠し切れない。
もう隠し切れないほど自分の中のサンジが大きくなっている事など、自分はもう嫌と言うほど知っているのだ。


・・・こんな時にこそ雨が降ればいいのに。
空を仰げば雲ひとつない青が、そこにある。
ゆっくり目を閉じたゾロのまぶたを、大きな太陽は意地悪に赤く透いた。













<END>



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